真田広之

真田広之は1997年、念願だった米国移住に向けて動き出した。それ以前からロサンゼルスを拠点にして俳優活動を行う夢を抱いており、準備の一環として数度にわたり映画の海外ロケに参加した。

海外ロケに積極参加

タイでロケが行われた映画「僕らはみんな生きている」(1993年)、アメリカでの「EAST MEETS WEST」、フィリピンでの「緊急呼出し」などに出演。 ハリウッドへの足掛かりをつくる狙いもあって、英語の勉強も熱心に行っていた。

渡米前に離婚

真田は1997年3月、東京で、手塚理美との離婚に関する記者会見を行った。 ドラマ収録の合間に東京・世田谷区の駒沢公園で会見した真田は、落ち着いた表情で離婚までのいきさつを語った。「原因はいろいろなものの積み重ねです。(葉月里緒奈との不倫問題で)かなり彼女(手塚)に対しては傷つけたし迷惑をかけた。でも、話し合った内容は、もともとの夫婦の問題です」。